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全サービス業共通 哲学編

PHILOSOPHY 

 前講義1の続き:【重要】人間とは斯くも危うい存在

 
 
 
 
この講義からは、哲学編の中心的な内容になります。
 
あなたが深く感じれば感じるほど、人間に対する学びが深くなるだけではありません。
恐らく公私問わず、人間の見え方が変わる人もおられるかと思います。
どうか真剣に受講してください。
 
そして何より、商人道義塾 哲学編の深い理解があることで、実践編の成否が決まります。
 
実践編の中で、私が商売上、最重要な要素の一つとしている雰囲気改善(Karma improvement Program)は、哲学編を深く理解することで、より強い効果を発揮します。
 
なぜなら、人間は心根が、その人から発散されるエネルギーの質を決めているのです。
集客に貢献するエネルギーを、体から発散できるかが、商売では重要になります。
 
だからこそ哲学編は、単なる理想論を話しているわけではありません。商人の心根の基を作り、繁盛店になる源を作るのです。
 
したがって哲学編は、真剣に受講してくださいと最初にお話しています。
 
 
因みに、人から発散されるエネルギーには、大きく2種類があります。
 
良く知られているのは、命から発散される気、オーラです。そして、もう一つのエネルギーを商人道義塾では重きをおいています。
 
しかし、これは言葉にはできない感覚のため、今ここで詳細に言語化しても意味がありません。
 
商人道義塾のプログラムを理解した塾生の中で、私の言うことを理解できると思われる人が増えたら、話し始めます。
 
ただし、安心して頂きたいのは、私が語らなくても、人間には本能的理解という感覚があります。したがって、あなたが自然に気づけるように、私も講義内容を作っています。自然に身につけば、それが理想的であります。
 
 

 「人間とは斯くも危うい存在」

 
 
では講義をはじめましょう。本講義は、短い内容です。
しかし、大変重要なため、他の講義と分けて行うことにしました。
あなたが経営者、管理職、教育担当者、保護者であれば、特に本講義「人間とは斯くも危うい存在」について、深く理解して頂き、けっして忘れることのないようにしなければなりません。
 
また同時に、一生忘れないで頂きたいという私の強い願いでもあります。
 
 
 
 
それでは、あなたに質問を致します。
 
世界中、どこの国にも反社会的と言われる人達がいます。衣食足りて礼節を知ると言われますが、経済的に豊かな先進国になっても変わりません。なぜでしょうか。あなたは、考えたことがありますか。
 
東野圭吾さんの小説が好きな人は、既に気づいているかも知れません。
それは、犯罪を犯す悪人と言われるような人は、悪人で生まれて来ているのではなく、悪人になる理由があると言うことです。
 
「悪人になる理由がある。」あるいは「悪人になる、きっかけがある。」
これらの点を改めて、本講義を通じて深く感じることで、指導力は簡単に数段も上の状態へと跳ね上がります。
 
本講義を通じて、「厳しい指導を行っても、教わる側から感謝される指導者」と、「パワハラと訴えられる指導者」何が違うのか、あなたが感覚的に分かれば理想的です。
 
指導する側の言葉や態度だけではなく、指導者の心根も無意識に相手に伝わることを意識する。これも、重要な指導者の心得の一つです。
 
そして本講義内容を、経営者がパートタイム職員を含め全社員に対して意識し行動すれば、本当に良い会社になります。
それだけでなく、モチベーションの高い組織運営ができるようになります。
 
ただし、本講義内容を学び、知っただけでは意味がありません。
例を出しましょう。
 
 
以前、有るお寺に、ふと立ち寄りました。
お参りしている人も何人もおられ、熱心に御経を読む方もおられました。
 
そこに、たまたま何かを盗んだ人が僧侶二人に囲まれていました。盗んだ人の様子を少し見ると、脳に疾病があると感じます。私は、その盗んだ人よりも、僧侶二人の方が哀れに感じました。
なぜなら、食品スーパーの万引対応と同じ程度の応対しかできないからです。
 
罪を犯した者は、悪人とレッテルを貼り、隔離したくなるのが人間の世界です。
その一方、高所から人間の営みをみれば、善人が悪人に変わる瞬間も見透かされている。それが、大慈大悲の計らいの本意になります。
 
人間のように結果だけで評価するのではなく、経過観察されているからこそ、助けたい、救いたいという動きが生まれるのです。
 
その僧侶二人の後ろには、大慈大悲と書かれていました。意味は、彼らの方が私より詳しいかも知れません。しかし、言葉の意味を知ってるだけでは駄目なのです。
 
このお寺は、僧侶達が本尊の前をスリッパのような履き物でパタパタと歩き掃除をしています。
10万人しかいない会社でも、一般社員が社長室に呼ばれれば、よほどのことがない限り身仕度して社長室に入るのが常識です。ましてやスリッパで入ることは恐らくないでしょう。
 
仏は、約77億の人間の上にいるとするならば、社長室に入るよりも遥かに礼儀が必要と考えるのが常識的な判断ではないでしょうか。
 
僧侶が本尊前を草履で動けるのは、真我(潜在意識)が、ここには仏がいないと思い掃除しているのです。日頃から目に見えるものでしか見ようとしていないのでしょう。だから、自分の無礼にさえ、気づかず掃除ができるのです。
 
日頃の生き方が、その人の心根となり、その心根に応じたものしか感得はできません。たとえ荒行をしても、真理は容易に悟れません。体を痛めつけるなら今の時代、オリンピック選手の方が荒行をしていることになります。
 
泥棒を取り囲む僧侶二人が哀れなのではなく、世俗から離れて人生をかけて生きているにも関わらず、本物をつかめない環境におかれていることに哀れさを感じたのです。
 
商人道義塾の講義も、この事例同様です。「理論理解だけに留めていては、実戦の場で何も役にたちません。」と、何度もお話しするのは、けっして軽々に言っている訳ではないのです。
 
是非、当塾で感じたこと。あなたの心に沸き上がったものがあれば、それを必ず実行に移してください。直ぐに成功しなくても良いのです。実行して失敗することにも意味があります。この世は、体感の世界です。その体感を得るために体があるのですから。失敗を恐れず、成功するまで諦めない。それが、実践実技の世界では大事なことです。
 
 
 

 
 
それでは、本題に入ります。

先に架空の物語をお話します。
その上で、あなたにも考えて頂きたいことがあります。
 
 
 
ある家に、借金取りが集金に来ました。
その家の主人は、妻を病で亡くした後、ギャンブルが原因で多額の借金を抱えていました。

借金の取り立てに来た人は、どう見ても普通の銀行員ではない格好をして、どこから見ても一般的な会社員には見えない。そして、乱暴な取り立ての言葉をならべました。
 
主人は、既に夜逃げをして行方知れず。残された年老いた母親と、置き去りになった小学生の息子が、その借金取りに応対しました。年老いた母親は、見ての通りお返しするお金は、うちにはないと泣き崩れます。
 
もし、この借金取りが、その場で殴る蹴るの暴力をふるったなら、その少年は、この借金取りに憧れることはありません。
 
ところが、もし対応が違ったらどうでしょうか。
 
その借金取りは、家を見渡しました。ガラスが割れ、風が入る窓。破れたままの障子。真冬にもかかわらず、少年はランニングシャツで短パン姿。その上、鼻水を流しながら老婆に寄り添っている。その姿を見た借金取りが、自分の子供時代を思い出す。そして、自分の財布から一万円札を出し、その少年に、「これで何か美味しいものを食べて元気を出せ、生きていれば良いこともあるぞ。」と、言ったらどうでしょうか。
 
父親から見捨てられ、学校では貧乏といじめられ、近所からも馬鹿にされていたら、その少年にとって、その借金取りは、どう見えると思いますか。
 
 
別の例をお話しましょう。
 
幼児の時に、両親を亡くし、親戚をたらい回しにされ、どこに行っても厄介者扱い。学校へ行けば、他の子が当たり前のように持っているものも、自分は持っていない。それを理由に、いじめられる。学校の教師からも躾が行き届いていないと責められる。どこにいても自分の居場所が見つからなかった少年が、二十歳になろうとするまで育ったとします。
 
その少年が、たまたま出会した相手に、生まれてはじめて、「君は良い奴だ。君は良い人間だ。君にあえて嬉しいよ」と言ってもらえる。問題は、これらの言葉を誰に言われるかで、この少年の人生は変わるのです。
 
 

人間は、自分を必要としてくれる人の影響を最も受け易く、尚且つ自分を高く評価する組織が、自分の生きる場所だと思い込む本能がある。そしてそこには、善良な組織か否かの判断が入らない。

 
 
人間には、不確実な自分を打ち消そうとする働きがある。そのために自分が、今ここにいる意味の実感を欲する本能があると、前講義でお話しました。
 
人間は、他者に認められることが、最も強い喜びになるため、自分を必要としてくれる人、認めてくれる人の話を、優先的に聴こうとする心の働きが強いのです。そして、それ以上に怖いことは、自分を高く評価する組織が、自分の生きる場所だと思い込む本能があるのです。
 
子供の頃から不遇で、自分は生まれて来なければ良かったと自暴自棄になっている人間が、ある日突然「君と会えて良かった。」、「君は必要だ。」と言ってもらえる。その人間達が、テロリストや犯罪集団であっても、はじめて自分を認めてくれた。はじめて自分を、この人は必要としてくれている。たった、これだけの感情で、今まで善良な世界に身を置いていた人でも、境界線を簡単に飛び越えてしまうのです。
 
一般の人から見れば、なぜあの人は犯罪組織に入ったのか。カルト教団に入信したのかと疑問に思われることでも、人間の本能を知れば、理由が簡単に分かります。
 
 

人間の危うさとは、誰に自分を必要とされるか、どの組織に高く評価されるかにより、生きる場所が、いとも簡単に変わることである。

 
 
これが、人間の本当の危うさなのです。
 
したがって、非行に走る子供を撲滅したければ、貧困対策や、教育支援だけでなく、全ての子供に、自分の存在を認めてくれる大人が必要なのです。
  
 
既に、お気づきの方もおられるかも知れません。
自分を認め、必要とする人の存在がいなくても犯罪者になるケースもある。これに、気づいた人もいるでしょう。
 
生活環境に恵まれお金を所持していて万引きをする人。
生来短気で暴力的な人。
プログラムの能力を誇示したいために、不正なプログラムで犯罪を犯す人など。
 
世の中には、自らの意志で悪人になる人も確かにいます。
ただし、この場合は単独犯で組織化、集団化はしません。
 
しかし、こうした人達が、もし集団化しているとすれば、自分を認め、必要とされているという実感を得て、組織に属すという現象は生じています。
 
 
人間の危うさを知り人間の本性を良い方向に利用する。このことこそ、指導者としての重要な心得になります。
 
 
理解を深めて頂くために、例を換えます。
 
もし、あなたが子の親、あるいは保護者なら、子供の居場所を意識して子育てしていますか。
 
子の居場所とは、雨風しのげる家、暖かい布団があり、温かい食べ物を作ってくれる人がいるところ。それだけではないのです。
 
衣食住を与え、教育環境を与えているから、自分はちゃんと子育てしているなどと侮っているから、問題が生まれるのです。
 
子の居場所とは、自分がこの家族、あるいはこの集団の一員として、ここにいて良いと思える場所。それが、子の居場所です。
 
物にあふれ、贅沢な生活ができる環境が、必ずしも子の居場所ではないのです。
自分が、ここで生きていて良いという実感さえあれば、自然と幸福感を抱きます。その結果、貧乏すら耐えられる。それが人間なのです。
 
 
また子供は大人と違って、息抜きが上手にできない。ストレス解消も、大人のようにお金を使って発散するようなこともできません。
保護者が、ひとりひとりの子の顔色を見て、定期的にガス抜きをして上げないといけないのです。
 
保護者が子の顔色を見て感情を判断する。このことで、子は自然と人の感情を察する大事さを無意識に学ぶのです。
 
子供自身が、自分がここで生きていて良いと思える場所を作ることが、子の人格形成上、非常に重要なことになります。
 
衣食住を満たす経済的な豊かさも大事です。しかしそれだけでは子の心は癒されない。物だけでは無く、情で子を囲い。保護者の思いで子を包む。その姿を通じて保護者の無償の愛を、子は知らず知らず学ぶのです。そして、この経験が、成人した後、人生で非常に役に立つのです。
 
 

殴られて育った子は、自分の子に手を上げることを躊躇しない。
人間は、自分が育ってきた環境で行動基準が変わる。

 
 
入社当日、「お客さまを大事にしてください」と指導されても、「人を大事にする。」という感覚には大きな個人差があることを、私は多くの新入社員を見て気づいています。
 
なぜ同じ人間なのに差が生まれるのか。それは、人間は他人を大事にする際、自分が受けてきた無償の愛の質が、人を大事にする時の判断基準になっているのです。自分のされたこと以上のことは、通常はできないのです。これは、切実な問題です。
だからこそ、保護者の責任は重いのです。
 
この事を保護者の方々が深く理解しつつ子に接すれば、家庭でも養護施設でも、子供の居場所は必ずできます。
「居場所」ができれば、養護施設に肉親がいなくても、故郷に成り得るのです。
 
親が四六時中、子と一緒にいれない共働きの親子でも、今話している「子の居場所」を意識していれば、一時期、寂しい思いはさせても、人の道から外れることは避けられるのです。
 
共働きの親だから、片親だから、良い子育てができないということはありません。
親が四六時中一緒にいることよりも、子供にとって大事なことがあるのです。
それを知れば、サービス業で働く親の皆さんは、楽になるだろうと思います。
 
サービス業は、人が休みの時や、楽しいイベントがある時こそ繁忙期。その上、自分の休みは平日です。他業種の親のように子供の喜ぶことをしてやれないのが、現実です。
他の親と同じようなことができなくても、サービス業で働くことでしか、子にしてやれないこともあるのです。この話は、あとの講義「家族を犠牲にして家族が強運を得る」でお話します。
 
 

人の子は、物、金だけで真っ直ぐ育つのではなく、見えざる人の情の支えで真っ直ぐ育つのである。

 
 

本講義を通じて、是非あなたに深く感じて頂きたいのは、人は、あなたと生きるから幸せなのです。
あなたと働けて良かったと思う。そう思う人を、この世で増やす、それこそが、あなたが、この世にいる「尊さ」であるということを忘れないで頂きたいのです。
 
自分の会社、あるいはお店に働きに来た人は、あなたに会うために来たのだと言うことを、どうぞ忘れないで下さい。
 
すべてのスタッフは幸せになるために、あなたの会社に応募し、幸せになるためにあなたと働く。
これを形にする責任が、経営者、管理職、教育担当者にはあるのです。
 
人生は、人との出会いで良くも悪くも色が付く。だからこそ、人との出会いを粗末にする人間に幸福な人はいません。
 
これは、商人も同じです。どういうお客さまに恵まれるかで店の寿命は決まります。
だからこそ、人ほど大事はありません。
 
人との縁を大事にしようとする心根があるからこそ、冷やかしと思われるお客さまにも手厚い対応ができるのです。
すべてのお客さまは、冷やかしからはじまります。
だからこそ、商人は冷やかしのお客さまを粗末にしないのです。
 
そして、人を大事にする順番は、お客さまからではなく、先ずパートタイム職員を含む社員からです。
 
あなたが大事にすべきは、先ず社員。次にお客さま。そして最後に出資者です。
 

※なぜ出資者が最後なのか。それは、見識の低い投資家は、会社は株主のものと考えます。しかし、良識のある投資家は、家の金庫に大金を置いていても価値が目減りするだけと知っています。そのため、自分の代わりに、資産価値を高めてくれる人達を粗末に考えるようなことはありません。自分達が最後に大事にされても、目的が果たされれば満足なのです。

 
 
 
社員一人一人が、この会社から、この上司から、大事にされているという実感があれば、正しい方向へ自然と進んでいきます。それが、人間の本能だからであります。
 
本能の働きを社員教育や人事に活かすのです。そうすれば、本当に良い会社が作れます。
 
その証拠は、大企業を見て分かります。人事制度や福利厚生を手厚く整えても、自分が会社から大事にされているという実感が持てなければ、業務命令には従っても、社員自ら勇んで働くことはありません。残念ながら、それが、この世の現実なのです。
 
物、金だけで幸福が手に入るわけではないと言われる本意が、ここにあります。
 
 
商人道義塾の講義内容を踏まえ社員を大事にしていれば、自然と運の強い経営ができるようになります。
 
「運の強い経営」、これを是非、あなた自身が実感してください。実感できれば、単に良い指導者というだけではなく、本物の指導者になれます。本物の指導者が増えること、これが私の強い願いです。
 
では社内で、どのように施策するべきか。具体的な方法が知りたい人もおられるでしょう。具体的な施策のヒントは、指導者育成 基本編の講義で扱う予定です。
 
哲学編では、解決策や施策を語るより、事の重要さを、感覚的に捉えて頂くことを目的にしています。
したがって、人によって解釈や、捉え方が異なるでしょう。
しかしそれが、考えを深めるということに繋がります。考えを深めるのが哲学編の意義であります。
 
 
最後に、改めてあなたにお願いします。
 
親がいないこと。貧乏な生活。確かに不自由です。そして、想像以上に辛い。
しかし、人間として恥ずかしいことは、何一つ無い。つまらないことで不幸な人間を増やしてはならない。一人でも多くの人達が、人間の危うさに気づき、危うくなる子供が減る世の中になるよう願っています。
 
 
そして社内では、一緒に働く同僚が、自殺するまで追い込まれていることに気づけないなど、対人応対を生業とする人間にとっては有り得ないこと。気づけないのは、人に対する観察眼のレベルが低すぎる。この認識を、全社員に自覚させて欲しいと願います。同僚の気持ちを酌めない人間が、なぜお客さまの心を酌めるのかと。本気で指導してください。
 
 
重ねて、もしあなたの周りで、人生をやり直したいと思う人がいれば、先ず本講義で言うところの「居場所」を作ってあげることです。そして、この話の続きは、後日「人生の軌道を安定させる源の作り方」で講義します。
 
 
 
これで、講義を終わります。
 
 
 
 

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