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実践マーケティング

MARKETING SENSE

 心の師を偲ぶ

 
 
2020年4月16日に、村田昭治先生について語りはじめるにあたり御挨拶致します。
 
商人道義塾で、村田昭治先生のことを私が語ること、無礼にならなければ良いと思いながら、その上で少しでも先生から学んだ事を、これから商売をはじめる人、サービス業従事者になる方々に還元できればと思います。それこそが、私にできる先生への恩返しであると思っています。
村田先生の御霊に思いを寄せながら、半学半教の精神を私も形に致します。
 

合掌

 
 
はじめに申し上げます。
 
私は、村田昭治先生のゼミのOBでもなければ、慶應義塾商学部の関係者でもありません。そのため、葬儀やお別れ会に誘われることもありませんでした。
ご自宅を訪ね、奥様に直接伺い。たった一人墓前で御礼とお別れする立場の者です。ですから、絵に描いたような部外者です。
 
何が幸いするか分からないのが人生です。部外者であった御陰で、村田先生の素敵な奥様にお目にかかることができました。アポもなく突然訪問したにもかかわらず、猜疑心で拒絶されることなく、ご丁寧に教えてくださいました。さすが村田先生の奥様だと感じました。
 
素敵な奥様と申し上げること、世辞や社交辞令と思われるかもしれませんが、かのピーター・ドラッカー氏もチャーミングな奥さんとおっしゃっているので、私は間違っておりません。本当のことです。
 
 
正直に言って私は、部外者です。しかしながら、村田先生との出会いは学生の頃まで遡ります。
大学生の頃から何度も勇気を頂き。弊社を創業したときも喜んでくださり、大いに励ましてくださいました。
 
そして何より、村田先生との出会いがなければ、私はコンサルタントの仕事はしていません。
 
弊社は本来、ビジネスモデルを立案し、当該企業にアライアンスの提案を行う企画会社として起業しました。
 
創業間もない時、ITの新規事業のアライアンス提案中に、NTTグループのある会社の方から「山口さんがもっている、今まで聞いたことも見たことも無いノウハウを分けたら喜ぶ人が多いのではないか」と勧められ、コンサルティング業を立ち上げました。
 
しかし立ち上げてみたものの、コンサルタントの仕事というものが、私は分かりませんでした。専門の教育も、コンサルティング会社にも勤めたことない。資格もない。何をどうすれば良いかさえ分からない素人が、コンサルタントを名乗って良いのか。甚だ疑問でした。
 
そこで、私が書いた心のサービスというテキストを、村田先生にご覧頂き、コンサルタントの仕事をしても良いものか、ご相談しました。
 
村田先生の「良いと思う」という言葉で、コンサルタントになったのです。
村田先生がおっしゃるなら、誰はばかることないと、はじめました。
 
弊社のコンサルティング業務しか見たことがないクライアントからは、接客指導するアナログの会社が、なぜデジタル分野に詳しいのかと皆様よく驚かれます。
しかし本来は、ITのビジネスモデルを企画立案する方が先だったのです。
 
 
私には、恩師が五人おられます。
 
生きる中で都度判断する際に、この場面では、この方の教え、あるときは、この方の教えをという具合に、人生の場面場面で恩師の教えを判断基準にしてきました。
 
なぜなら、私は生来、自分の考えがはっきりと決まっており、我が強い。そのため、慢心したり、独善的になったりしないよう恩師それぞれの教えを、人生の太陽、月、北極星、灯台、羅針盤というようにして、道を外れないよう大事にしています。
 
村田昭治先生は、五人の内のお一人であります。そして、私がビジネスや商売、マーケティングの場面で何かを決める際、判断基準となる特別な存在であります。
 
私が、なぜ特別だと言うのか。講義を通じて、それを感じて頂ければ、あなたの人生にも必ず良い影響がある。そう思います。
 
今まで私は、村田先生の側近の方との約束もあって、先生の話は控えてきました。そして私自身、虎の威を借る狐にならないためでもありました。
 
その上で、私も既に駆け出しの年齢ではなくなり、コンサルティング業も20年近く暖簾を掲げています。そろそろ良いかと判断しました。
 
なぜなら、昨今の小売業の不振はじめ、サービス業の企業内教育の仕方をみて残念に思うことが益々増えたからです。
 
未だに、大手小売店をみても、良品を並べるだけで売れると思っている。ところが、そうそう簡単には売れない。なぜいつまでも改善できないのか。これは、マーケティング理論を学んでいても、センスを鍛える訓練をしていないからなのです。
 
特に問題なのは、高度なマーケティング理論は知っていても、手法を応用できる素地がない。そう感じる優秀な社員各位を何人も拝見しています。実に切なく感じました。
 
特に広告類に、それが顕著に表れています。デザインは洗練され、美しい。しかし顧客の記憶に残らない。その結果、仮にイメージアップや、物珍しさで集客はできても、購買にまで繋がらない。
皆、真面目で優秀なのですが、ピントがずれている。そう感じることが、年々多くなりました。
 
例えるなら野球選手が、バットの振り方をプロから習い、プロのバッティング理論を暗記したからといって、3割バッターにはなれません。
 
これと同様に、サービス業のマーケティングも実践実技の世界のため、理論暗記ではなく、体得しなければならないことがあるのです。それを、大きな失敗をする前に気づいて頂きたい。
 
そのためには、日本のマーケティング学第一人者 村田昭治という御仁が、いかなる方かを知って頂くことが、最も解決への近道だと思います。
 
村田先生をしばしば日本のマーケティング論の第一人者と記した物が多いですが、私は、村田先生を見ていると、「論」ではなく、「学」だと感じています。論は結果、学は広くて深い。尚且つ探求と探究がある、私にはそういうイメージがあるからです。
 
村田先生に相応しいのは、「学」ではないかと感じているので、ご容赦ください。
 
今、ここでこのような話をすると、学者の理論は、机上の空論ではないかと軽視したり、悪くみたりする人も世の中にはいるでしょう。
 
サービス業は、たたき上げの人も多い。そうした方からみれば、学者の理論は、実践向きでないと考えている人も多くいます。確かに、当てはまることもあります。
 
しかし、安心して頂きたいのは、村田先生が、もし慶應義塾の人達に恩義を感じず、実業家になっていたら、恐らく私の見立てでは、世界的な企業を一代で創業しています。
 
村田先生と面識がある方なら、人柄、人脈、行動力、教養、そして活力において私が言っていることが間違いでは無いと、簡単に同意頂けると思います。
 
なぜ、そう言いきれるのか。私なりの根拠があります。
私が若い時、村田先生と同じようなエネルギーを出す人と握手したことがあります。
その方は、私が敬愛して止まない経営者、リチャード・ブランソンさん@richardbranson  /©Twitter)です。世界的企業、英国ヴァージングループの総帥です。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』
 
リチャード・ブランソンさんも陽のエネルギーが強い。人を真綿で包むような温かみの有る雰囲気で人の前に立ち、満面の笑顔になる。そしてサインには、自分の名前より大きく、「あなたに会えてよかった」と書く。リチャードさんも、村田先生と同じく、人を隔てず、誰にでも温かく接します。その証拠に、私がリチャードさんと会ったのは、弊社の創業前です。当時、金も無くみすぼらしい服装をしていました。
 
私は英語で会話ができないため、翻訳家に英語にしてもらった手紙を渡しました。
リチャードさんは、文章を読むのが苦手な障がいがあると言われます。それにもかかわらず、後日、私の手紙の返信をくれました。
 
その返信には、君の考えは興味深い。君のような考えで成功することを願っているという内容が書かれておりました。この手紙が弊社の創業のきっかけになりました。
 
リチャードさんという御仁は、ビジネスの中心に必ず人がいます。数字だけでビジネスを語らない。そして何より、仲間である従業員を粗末にしない。人気があるのも当然と思います。
 
村田先生もリチャードさんと同じようなエネルギーを体から出されます。私が、村田先生を敬愛する理由は、非常に単純明快です。
 
自分が起業すれば莫大な財産を築けたはずが、自身ではやらず。その代わり、ノウハウを惜しみなく学生に与えているところです。
 
そして、成功する教え子を我が事のように喜ぶ。そして、褒める。ただ褒めるのではなく、次の進展に繋がるエネルギーになるように褒める。これがまた凄い。
 
そして、人と接する時は、相手の経済力や地位はじめ、身なりや風貌で差別したり、態度を変え、邪険にするようなことは一切ない。驚くほどないのです。
 
心に壁や扉を一切おかず。オープンマインドという言葉が陳腐に感じるほど、無条件に人を受け入れようとする。村田先生は、まさに心の「使い方」の達人です。
 
私の前に、はじめて立たれたときも、君はどんな良いところがあるんだ。見せて欲しいというエネルギーを出して立たれる。猜疑心の多い人の方が多い世の中で、何という人だと思ったことが、何度もあります。
 
 
人間は、騙されたくない、損したくないと考えれば考えるほど、猜疑心が強くなる。そして、馬鹿にされたくない、軽視されたくないと思うほど、虚栄心が強くなる。
 
ところが、村田先生には、これらが全くない。そして、誰に対しても腰が低い。謙虚という言葉よりも、寧ろ、自分と他人に差を付けない感じの方が当てはまっているかも知れません。
 
他者を見上げることも、見下げることも一切ない。当にスーパーフラットなのです。
 
ところが、それでも人に馬鹿にされるような事が無い。一見、無防備でいるようで、最も強固な体勢ができあがっている。これこそ、武道で最も難しいとされる自然体なのです。禅でいうところの不動心です。
 
不動心とは、動かない心、動揺しない心という単純なものではなく、その本意は、自分を守らないから守られるという特異な状態です。
 
別の角度を踏まえ言い換えれば、何事にも心の偏りや留まりがない。だからこそ、心は縦横無尽になる状態。ただし、動でも静でもない。だから禅では、○で表すのです。
これが本当の「自由」ということであります。仏法では、千手観音で換喩されている心の状態です。
 
学問で教養を高めただけでは手に入らない高見を、村田昭治という御仁は得ている。その状態に、私は心酔したのです。
 
村田先生の教え子達の経済効果を見れば、その総和は、恐らく大企業グループに匹敵するか、それ以上だろうと思うほど、社会で活躍している人が多い。これは、事実です。
 
したがって、一般的なイメージの学者ではない。慶應義塾の名誉教授としてだけ村田先生をみることは、間違いでは無くても一断片でしかない。可能な限り多面的に見なければ、もっと崇高なものが見落とされる。それが、村田先生に対する私の印象です。
 
それらが分かるエピソードは、講義でお話します。
 
商人道義塾の実践マーケティングの講義で学んで頂きたいことがあります。
 
それは、商人及びサービス業の世界では、マーケティングの理論武装より、センス体得の方が重要であること。マーケティングセンスの基本の基が分かって頂ければ、私にとってこれほど嬉しいことはありません。
 
そして、私の嬉しさ同様、あなたとあなたの周りの人達が同じ喜びを得られるよう願っています。
 
 
 
 

塾主 山口善義